パチンコを打ち始めて暫く経ったある日、4パチでフラッと白海を打ったのです。
1パチでも白海は打っていたので、何となく当り易い台だというイメージがあったのでしょうね。
財布の中には3000円程度しか入っていませんでしたが、駄目元で打ってみたら2500円でマリンちゃんリーチ(泡)でカメが揃いました。
そしてその日は1万円ちょっと勝ちました。
今でこそ多少負けが続いても何とか持ちこたえられる位の種銭はありますが、当時は一日一日がギリギリの勝負だったのでスリルと興奮は凄かったですねw
今でこそ多少負けが続いても何とか持ちこたえられる位の種銭はありますが、当時は一日一日がギリギリの勝負だったのでスリルと興奮は凄かったですねw
4パチを本格的に打ち始める様になったのはそれからです。
その日以来、半年間白海を狂った様に打ちました。
打ち方は例の如くオカルト頼りでした。
魚群が出て外れたらコーヒーを買いに行ってデモ出ししたり。
STは4回転でリーチがかからなかったらデモ出ししたり。
データカウンターで前日に出なかった台を探して打ってみたり。
周りの台の出方を見ながら台を選んでみたり。
今とは大分違う打ち方をしていましたね。
言い訳をさせて頂くと、自分の周りには正攻法の打ち方をしている人がいなかったんですよね。
ホールで打っている人の打ち方を見ていると、やはりオカルト頼りの人が多かったのでその影響もあったのでしょう。(後々に勝率を上げる為に色々と調べている内にボーダー理論と出会ったわけですが・・・)
しかし、一昨年は負け越した月はありませんでした。
ボーダー理論的な視点で振り返ってみると、甘デジということで比較的持ち玉比率が上がり易かったことと、割と早い段階で貯玉会員になったこと、そしてホールが週に1度は白海の釘を大きく開けてくれたりしていたことが勝因だったと思います。
それにしても自分はパチンコを始めた当初、「パチンコは最終的には負けるもの」、「趣味としてやるもの」という考え方でした。
それがまさか長期に渡り、この様な生活を送ることになるとは夢にも思いませんでした。
将来的に「ああ、あんな時期もあったなぁ・・・」と笑い話のネタにでも出来る時期が来れば良いのですが・・・。
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自分がパチンコを本格的に打ち始める様になったのは2008年の1月からです。
なんとなく始めたという感じですが、スロット好きの友人がいたので、その影響かも知れません。
なんとなく始めたという感じですが、スロット好きの友人がいたので、その影響かも知れません。
自分が初めてホールで打った機種はミドルの沖海でした。
(ゲームセンターでは新海、あっぱれ応援団、セカンドインパクト、大ヤマト、銀河鉄道物語など打っていましたが・・・)
打ち始めて千円で突然確変。
これが初めてパチンコホールで当りを引いた瞬間でした。
これが5,6回出玉有の当りに繋がりましたが、数時間打ち続けて最終的に残った玉は2000発程度でした。
5500円ほどのプラスになりました。
当時の自分の金銭感覚からしたら5000円は大金でしたし、その日はやたら興奮していたのを覚えています。
それからはスロットの「まごころを、君に」を打つ機会が多かったです。
ド素人でしたので勿論勝率は悪く、結果は3ヶ月でマイナス11万円でした。
その頃には働いていた頃にしていた僅かな貯金も底をつき始め、流石にこのままスロットを続けられないと思い、打ちたくなったら1円パチンコを打つ機会が増えていました。
しかし、この時に通っていた1パチのホールが等価交換で釘ガチガチのホールだったのです。
今の自分だったらまず打つことのないホールですが、当時の自分はコンビニで売ってる怪しいオカルト雑誌とか読んでいましたからね。(オリジナル必勝法などのメジャーな雑誌ではなく、もっと怪しい雑誌ですw)
仕事人で真剣フラッシュが発生しているときにボタンを連打したり、黄海で玉詰まり警告音を出したりしていましたw
勿論効果は無く、勝率は2割程度でした。
勝率をアップさせようと色々調べていく中でボーダー理論と出会ったわけですが、それまではこんな感じの打ち方をしていました。
今振り返ってみると、結構恥ずかしいですね・・・。
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今日は睡眠不足のせいか体調があまりすぐれなかったので休みました。
さて、自分が無職になったきっかけの続きを書きたいと思います。
大学卒業後、地元の市役所傘下の施設の非常勤職員となった自分は、
次の市役所の採用試験を目指して働きながら勉強を続けることにしました。
ありがちな話だと思われるかも知れませんが、
仕事をしながらの受験は予想以上に厳しいもので、
二度目の挑戦も結果は不合格でした。
その時に「これからどうしようか」と悩みました。
もう一度受験するのか、それとも民間の会社に就職するのか。
悩んだ結果、民間の会社で正社員として働く道を目指すことにしました。
そこでいくつか面接を受けたのですが、
その中の一つの自動車部品の会社から内定を頂くことが出来たのです。
非常勤職員として働き始めてから半年が経ったころでした。
内定を受けた自分はそれまでの職場に退職届を出しました。
一緒に働いていた方々が
「え~、もう少しやっていきなよ」
「働き始めたときに比べて最近凄くいい表情する様になってきたのに」
と残念がったり、
「これからが本番だから頑張りな」
と励ましてくれたのは良い思い出です。
そしてその数日後、内定を頂いていた会社から
「大学の卒業証明書をもってきてくれ」という電話を受けました。
言われた通りに卒業証明書を持って会社にいくと、
前回面接を行った会議室に呼び出されました。
・・・以下、そのやりとりです。
(数年前のことなので細かくは覚えていませんが・・・)
ε- (´ー`*) 担当者 「(卒業証明書を見ながら)●●大学か・・・。今回採用した人の中では一番良いトコ出てるね」
<(_ _*)> 自分「ありがとうございます」
ε- (´ー`*) 「・・・この前の面接のことなんけど、」
( ‥) ン?「はい?」
ε- (´ー`*) 「何かちょっと引っかかることがあるんだよね」
( ‥) ン?「はい?」
ε- (´ー`*) 「今はこうやって一対一で話してるから目を見ながら返事をしているけど、この前はそうじゃなかったよね?」
( ‥) ン?「はい・・・?」
ε- (´ー`*) 「この前、何人か並んでいる中で見ると君の様子は何かおかしかった」
( ‥) ン?「はぁ・・・」
ε- (´ー`*) 「こちらが話をしててもちょっと俯き加減というか・・・」
(・・;)「えっ・・・そうですか?」
ε- (´ー`*) 「うん・・・、で実際どうなの?ウチで働く気あるの?」
(・・;)「えっ!?(ここで自分はちょっと固まりました。)」
・・・何で今更こんなこと聞くんだ?
働く気があるから面接受けに来てるだろうに・・・。
そんなに自分の態度が悪かったのか?
そんなつもりは全くなかったのに。
寧ろちゃんと話を聞こうと集中してたぞ・・・。
などと頭の中を考えが巡りました。
しばしの間をあけて・・・
(・・;)「頑張って働きたいと思いますので、宜しくお願いします!」
ε- (´ー`*) 「いや、ウチとしては採用はするよ、うん。内定も出してるんだし」
(・・;)「あ、ありがとうございます」
ε- (´ー`*) 「ただ、この先そんなだと先輩からモノを教わっても、オマエ話聞いてんのかよ!って言われるだろうし、他の企業に面接に行ったりしても受からないよ」
(・・;)「すみません」
ε- (´ー`*) 「いや、気をつけてくれればいいんだけど。まあ、今日はとりあえずお疲れ様」
そしてその日の夜に内定取り消しの電話を頂きました。
自分としてはそんな態度をとったつもりはないのですが、
相手は自分のことをよく思ってくれなかったようです。
(#゜Д゜)「だったら最初から内定だすなよー!」
と流石にそのときは思いました。
そして、それまで働いていた職場では既に自分の後釜が決まっており、
戻ることも出来ず・・・。
2007年9月末日で自分の非常勤職員としての勤務は終わりました。
これが自分が無職となるきっかけでした。
長文になりましたが、お読み頂きありがとうございました。
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大学卒業後、地元の市役所傘下の施設の非常勤職員となった自分は、
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ありがちな話だと思われるかも知れませんが、
仕事をしながらの受験は予想以上に厳しいもので、
二度目の挑戦も結果は不合格でした。
その時に「これからどうしようか」と悩みました。
もう一度受験するのか、それとも民間の会社に就職するのか。
悩んだ結果、民間の会社で正社員として働く道を目指すことにしました。
そこでいくつか面接を受けたのですが、
その中の一つの自動車部品の会社から内定を頂くことが出来たのです。
非常勤職員として働き始めてから半年が経ったころでした。
内定を受けた自分はそれまでの職場に退職届を出しました。
一緒に働いていた方々が
「え~、もう少しやっていきなよ」
「働き始めたときに比べて最近凄くいい表情する様になってきたのに」
と残念がったり、
「これからが本番だから頑張りな」
と励ましてくれたのは良い思い出です。
そしてその数日後、内定を頂いていた会社から
「大学の卒業証明書をもってきてくれ」という電話を受けました。
言われた通りに卒業証明書を持って会社にいくと、
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・・・以下、そのやりとりです。
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働く気があるから面接受けに来てるだろうに・・・。
そんなに自分の態度が悪かったのか?
そんなつもりは全くなかったのに。
寧ろちゃんと話を聞こうと集中してたぞ・・・。
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(・・;)「あ、ありがとうございます」
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(・・;)「すみません」
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そしてその日の夜に内定取り消しの電話を頂きました。
自分としてはそんな態度をとったつもりはないのですが、
相手は自分のことをよく思ってくれなかったようです。
(#゜Д゜)「だったら最初から内定だすなよー!」
と流石にそのときは思いました。
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皆さん、今晩は。
今回は自分が無職になったきっかけについて書こうと思います。
面白味には欠けるかも知れませんが、このブログの管理人がどんな人間かを知りたい方は読んで頂ければ幸いです。
自分は大学生時代までは、かなりマトモな人生を歩んでいたと思います。
今の生活から考えると嘘のようですが、中学・高校と特にグレるわけでもなく真面目に勉強していましたし、大学に入学するときも浪人せずに地元の国公立大学に入学することが出来ましたし、大学に入ってからも留年せずに卒業することが出来ました。
自分で言うのもなんですが、自分は真面目が取り柄の人間だったんです。
宿題をやらなかったり、遅刻やサボって欠席なんてことは一切しませんでした。
学生時代に大きな挫折もなくやってこれたのは、真面目に取り組んだ結果だと思います。
なので、もし自分が過去の自分の長所を自慢するとしたら「真面目さ」ですね。
現在の自分にはかなり真面目さが足りていませんが・・・(;^_^A アセアセ・・・
4年生になり、就職先を決めなければならない時期になりました。
公務員(地元の地方公共団体での正規採用)を目指していた自分は民間企業を受けませんでした。
そして公務員試験の日がやってきました。
・・・結果は残念ながら不合格(T△T)
言い訳をさせてもらうと、あがり症だった自分は当日極度の緊張で思考回路が働かなくなってしまったのです。
また、自律神経の働きが狂ってしまったのか、後半になりトイレに行きたくなってしまったんですね。
そこで試験官に断ってトイレに行けば良いものを、小心者の自分は「時間的にももう少しだし・・・」なんて考えてモジモジしながら結局トイレにも行かず、試験の終了時間を待たずしてテストの後半の問題の何問かを適当にマークして退室してしまいました。
・・・今考えると馬鹿なことをしたものです(ノ_-;)ハア…
まあ、その試験の倍率(受験者/最終的な合格者)も50倍を超える厳しいものでしたので、冷静な状態で試験に臨んでいても受からなかった可能性は高いですが・・・。
そしてその後卒業間際になり、ようやく地元の地方公共団体の非常勤職員として就職することが決まりました。
そして大学を卒業した自分は非常勤職員として働きつつ、次の公務員試験に向けて勉強する日々がスタートしたのです。
ちょっと話が長くなってきたので、今回はここまでというこで。
続きはまた後日・・・(⌒-⌒)
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学生時代に大きな挫折もなくやってこれたのは、真面目に取り組んだ結果だと思います。
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